2011年度—『学び合い』との出会い

 平成23年8月、北大で実施された「サイエンス・リーダーズキャンプ」で「ブタの心臓の実習」を参加者に紹介してほしい、ということで札幌に行きました。一緒に参加されていた教科調査官のT氏から「鍋田さんの実践は、西川さんの『学び合い』に似ていますね」と言われました。『学び合い』…確か、大学の同級生だった純ちゃんから本を何冊も送っていたいただいていたことを思い出し、東京に戻って早速、読みました。読むと、なるほど〜と思うと同時に、いろいろな疑問というか、よくわからないことが沸々とわき上がってきました。次のホームページも拝見しました。

 

 西川 純 の部屋  http://jun24kawa.jimdo.com/

 

 いろいろな方たちの取り組みがあることを知りました。丁度、12月末に「おにぎりの会スペシャル」という、よくわからないネーミングの会合@オリンピック青少年センターが紹介されていたので、これまた早速参加しました。そこで、Goさんの話を聞いてたまげた次第です。

 授業の計画を立てて、自分たちで運営できる子どもたち(小学生)、仲間同士のトラブルや人間関係を解決できる子どもたち(小学生)がいる。高校生である生徒たちの可能性は、自分なりには信じてきた方だと思いましたが、Goさんのお話に出てくる子どもたち(小学生)は、自分の基準を大幅に超えていました。何だかすごい世界ではないかな、というのが率直な感想でした。予定があったので、その会を中座して参宮橋の駅まで歩きながら、妙にわくわくしていたのを思い出します。

 驚きと疑問が渦巻く中、納得と決着を求めるには、やはり提唱者に当たるのが一番。丁度1月に京都で集まりがあったので、その帰路はまっすぐ東海道本線で帰京するのではなく、5:30京都発の各駅停車で乗り継ぎ、北陸本線14:12直江津着の18きっぷの旅で、上越教育大学に向かうことにしました。そして約3時間ほど、西川 純 先生から『学び合い』について、中学校の社会科の授業のビデオを見ながら、説明していただきました。


「一人の教師が何人もの生徒にわかるような授業をすることは不可能だ」


 (私の指導の下で)全員がわかる授業を目指していた私には、実に恐ろしい話でしたが、確かに、かなり長い期間あれやこれやと取り組んでいましたが、どうにもうまくいかないこともまた事実でした。そういう意味では閉塞感のある自分にとって、打開のチャンスではないか、そんな光明を見いだした思いもありました。

 西川先生は、子どもたちにボイスレコーダーを装着してもらい、ものすごい数の「子どもたちの声」を集め、授業の中で、あるいはその周辺で何が起こっているのかを調べていました。そういう確固たるデータを下にして、『学び合い』を提唱していることがわかりました。私たち教員は、彼らの学習履歴をそこまで探ることはできないし、また探ったとしても、40名の生徒一人一人に対処することは、物理的にも不可能である、ということも十二分に実感できました。しかし、これは今までと全く違う自分の取り組みでもあります。私にできるのか、という迷いは当然ながら大いにありました。

 そのときに純ちゃんから発せられたのは、「『学び合い』は部活と一緒だよ、鍋ちゃん♪ 鍋ちゃんは大学時代も部活ばっかりだったじゃない(笑)」という言葉。そう、私は中学校時代から大学時代まで、ずっと部活小僧でした。体育会系バレーボール部は膝と腰の怪我もあり、2年の半ばでリタイアしましたが、その後は高校でコーチ業に携わらせていただき、教員になってからも、最初の子が生まれるまでは、部活指導ばかりやっていました。だから部活指導と西川先生の言う『学び合い』が重なるのは、よく理解できました。

 何とかなるかな、という思い。

 西川先生と夕刻の直江津駅でお別れしてから、長岡に向かう列車の中で、研究室での時間を反芻していました。そして、長岡から新宿に向かう「ムーンライトえちご」の中で、「よし!やってみよう!」と覚悟を決めたことを思い出します。教員を始めて28年目での大転換でした。でも前に進む必要があると、そう思いました。

 そして平成24年1月の最初の授業から、『学び合い』の考えに基づく実践を始めました。